離脱症状の波と、私は普通かどうかという疑問。
おはようございます。コンです。
昨夜はほぼ眠れず。なかなか体がだるいです。というのも、夕方に30分ほど寝てしまったから、という尤もな理由ですが。普通の人と同じです。
離脱症状に悩まされてはや5カ月。上がったり下がったりを繰り返しています。それでも少しずつスパイラルアップ。な、気がします。
さて、気分が下がったりする時は、決まって心の中に嫌なことがあります。その嫌なことは割と「想像イライラ」だったり「想像落ち込み」だったりします。
つまり、「きっとあの人はこう言うだろう」「きっと私はこう言われているだろう」です。そうです、例の。
本当はどうかわからない、でもそう思うんです、そう感じるんです。そして、経験上、それはかなり高い確率で当たっていると思うんです。もう、そう思ってしまうのであればそれは致し方ない。どう言われてもいい!と割り切る方が楽なんじゃないかと思うんです。
今日のお話は、この「想像○○」は、自分だから起こるのか、普通(?)の人でも起こるのか、というところです。このところ、何でもかんでも離脱症状に結び付けては諦めるというスタンスを取ってきましたが、これ、精神疾患や離脱症状をもっていない人でもこういうこと考えてるんじゃ…?てなわけです。
答えはわかりませんね。調べる方法もないし。予想でいうと、みんなにこのような感情はあるけれど、病気で心が脆弱になっているところにこのような考えが起こるのでダメージを受けやすい。のじゃないでしょうか。どうでしょうか。
自分は病気か健康か、普通か普通でないか、その定義は非常に難しいと思います。そしてそれはどっちでも良いような気がします。要は病気であっても、普通の人とは違くても、自分の人生をきちんと楽しめるのかどうか、というところにあるような気がしているのです。そしてそれはどんな状態の人でもそうでしょうし、心も体も健康な人でも、人生を楽しめない人もいるのだと思います。
失くしたものや手に入らないものを数えて生きるより、今あるものやこの先手にしたいものを数えて暮らす方がよっぽどいいですね。コンは今は健康な心と体が欲しいです。そんなことを言いながら、今ある「仕事」についてはなるべく早く手放したいと思っているんですが。
普通じゃなくても良いから、楽しい人生を歩んで行きたいです。そのために何かできるほど意欲が湧いてないんですけど、それもきっと離脱症状のせいと思ってやり過ごします。
元気に生きられるように、笑って暮らせるように、もう少し頑張ろうと思います。
みなさんも暑いですけどなんとなく暮らしましょうね!
コン