離脱症状、絶対に脱出ブログ

精神疾患で薬を服用。快復に向かうも今度は離脱症状に苦しむ。絶対に脱出して元気になる、なりたい人の希望になりたいブログです。

命の形を失くしても。

コンです。

 

また随分久しぶりになってしまった。過敏性腸症候群。そんなものになっていますが、元気です。時折、精神的な波はあるけれど、問題ない。腹が痛くとも、何とでも過ごせる。

 

記憶力がとても良くて、良いのではないのかもしれないけれど、忘れられないこととか沢山あって。それは愛おしいとか嬉しいとかより、悲しかったことの方が随分と多い。でも歳を重ねて、最近思い出せないことが多くなって。人の名前とか。確実に歳のせいなんだけど、そのお陰で随分救われていることがあるのかもしれないと考えるようになった。嫌なことや辛いことも、楽しいことや嬉しいことと同じように思い出せなくなってるんだと思う。

 

それでも頭から離れないこととか、切り替えられないこともある。思い出ができない方法はないだろうか。

 

自宅に人を招くことがあった。そうすると、今家にいてもあの時こうだったとか、あんな話したなとか、どこを見ても思い出が沢山あって。1人の今が嫌になる。実家に帰ったりなんかすると、駅から家までも、家の中でも、思い出だらけで悲しい気持ちになる。なぜ思い出が悲しいものなのかわからない。楽しかった思い出も、幸せだった思い出も、今はもうないものだからだろうか。

 

昨日、昔好きだった人と同棲していたマンションの名前を不意に思い出した。人生で初めて、好きな人と結ばれた、その幸せだったたった3ヶ月のことを思い出した。それすらも、今はもう悲しい思い出なんだ。確かに、幸せだったのに。その時間は確かにあったのに、今は形を変えて胸の中に残ってる。夢でも見てたかのように、それはとても現実にあったこととは思えないような日々だった。

 

突然その名前が頭に浮かんだのは、辛い終わり方をしたから記憶から消えていて、それを心が受け入れられるようになったからじゃないか、とか思う。そんなこと、もうどうでもいいことなんだけど。最近はまた、悲しいことも多い。

 

だからといって、毎日悲しいわけでもなく、お金や時間や安定した気持ちがあって、随分と大人になれた幸せがある。沢山の人が自分の人生から消えていったけど、命の形を失くしても消えないものもある。

 

毎日毎日を過ごせている。叶わなかったことばかりだけど、この世に生まれ落ちた幸せとは、自分にとってはこんなものだったのかもしれない。思い描いた形ではないけれど、それもまたいいか。と思える幸せ。

 

それを、紡いでいく。

 

コン