医療への不信感。
コンです。
怒っている。歯医者、ダメだった。何がってもう書くのも嫌なんだけど。カルテを間違えられてた。これはひどい。即時転院。
頭痛と耳鳴りはマシにはなったけれど、噛み合わせおかしいし、虫歯も多いみたいだ。次は紹介してもらった土日もやってる歯医者さんで診てもらう。何度も手間だなぁ。レントゲン、今年20枚くらい撮ってるけど大丈夫かな。
お医者さんをはじめ、医療従事者の方にはご多忙の折に大変恐縮ですが、ものごとは慎重に!是非慎重にしていただきたいですお金なら支払います。
思えば。ベンゾを飲んだのもこんな感じだったな。説明もないまま、病気なんだと。信じてしまった。それが勉強になったな。自分である程度医者を選ぶということ。過剰な期待はしないけど、医師の意見を丸呑みもしない。自分で自分の身を守らないと、殺される。
ホントに、全て元気なことってないんだなぁ。多少の腰痛なんかはいいんだけど。変な病気は嫌だ。気持ち悪くなる。それを是非、わかってほしいなぁ。
医療従事者の方は大変だと思う。医者が儲からないとダメだとは思う。命を扱う仕事だから。それもビジネスだからある程度仕方ないとも思う。でもなんだかなぁ。不信感がある。そんなこと気にしなくていいくらい、健康になりたい。
コン
言いたかったこと。
コンです。
鳴り止まない耳鳴り。鳴り止まないなんて表現は歓声くらいでしか聞かない。でも鳴り止まない。頭痛、目眩。問題ない。
念の為、耳鼻科へ。聴力、内耳、外耳、問題なし。望み通りの結果でありがとう。いつかさよならする日までよろしく。
そういえば。言いたいことが沢山あった。出せないうちに随分と消えてしまった。人間なんて、いや、自分という人間なんて、随分いい加減なものだ。言いたいことは言いたい時には言えないものなんだ。
だから自分の中に積もった。積もった。それが出せなくて。一杯になった。それでも出せないから、体が不調を出して気づかせてくれた。
生きている。
何はなくとも、それでいいのだと思う。
明日は晴れても雨でもいいのだと思う。これから、始める。
コン
自分を許せ。
コンです。
体調が良くないことを、悪しとしている。いた。そうなのかな。
人はそんなに万全ですか?
周りにいる人、同年代を見るとみんな元気だ。50近くなる上司も元気だ。
だから元気じゃないとおかしいのだろうか。
頭が痛くとも、耳鳴りがしても、息苦しくて眠れなくとも。働ける。私は万全じゃないと働けないだろうか。それは自意識過剰だ。私は常に体調が悪い。だけど支障は来さない。それが私のプロフェッショナルだ。
許される。人はそのレベルで許される。許せていないのは自分だけだ。そんなもの、いらない。許そう。私は、仕事をする。それだけ。
コン
不調でもいい。仕事をする。
コンです。
今起きている不調は、そこに神経を集中するから起こるのだと思う。
不調があっても仕事はできるし、スポーツだって酒だって楽しめる。じゃあ、不調でもいいじゃないか。やりたいことはやれる。
明日からそうやって社会生活をきちんと送る。有無は言わせない。
コン
恩人。
コンです。
離脱症状ではないと思っている呼吸困難。もう凡そ自律神経の乱れとわかっている。頭痛も耳鳴りも。そしてこの、気分の落ち込みも。
今日は久しぶりに食事が喉を通らなかった。そして久しぶりに人前で泣いた。
整骨院。先生の前で、泣いた。助けてと言った。離脱症状の時も、ずっとずっと見てくれてた。薬から抜け出したいと縋った時に、全面的に応援してくれた。今も、何かわからない症状ばかりだけど、必ず良くなると。もう病院に行きたくない、薬も飲みたくない、でもそうしたら治らないと言ったら、ここがあると。
身体的なことより精神面のサポートが大きいのかもしれない。逃げ場になってくれるから。
思えば息ができない時も助けてくれた。本当に恩人だな。といえば沢山いるんだけど。
今日は日曜。まるちゃん見て、サザエさん見て、泣いた。幸せだった子供の頃に帰りたいと泣いた。その願いは、どうやっても叶わない。だからこそ、新しい幸せを見つけたいな。自分なりの幸せ。
必ず。良くなる。そう思うよ、先生。自己肯定感まだまだないけど、高めていけるようにするよ。ありがとうございます。明日からまたゆっくりやる。おやすみ。おやすみ。
コン
笑顔で生きること。
コンです。
ここ数日で色々学んでいる。まず、自分は病院や薬に頼りすぎているということ。どんな薬も、あまり効果はないらしい。確かに、鬱の薬で良くなった気はしなかった。外からのウイルスなんかには必要なんだろうけど、内部のものは食べて寝れば治るんだろうな、ということ。
食べる、動く、寝る。動物だってそうだ。鳥は自由かとか、野良猫と飼い猫はどっちが幸せかとか、本人(?)は、考えてない。生きることを懸命にしているだけだ。つまり、余計なことは考えず、食べる、運動する、働く、遊ぶ、寝る。これに集中すれば良い。
今日は珍しく母と長電話をした。母は25年程前、過呼吸で倒れ、動悸や息切れで苦しんでた。まだ中学生だった僕は、母はもう長くないんだと思ってた。起き上がれない日も沢山あった。当時はインターネットなんかないから情報もなくて、きっと母は不安だったと思う。ストレスと言われたみたいだけど。今で言うパニック障害だったろうな。あとは坐骨神経痛も酷くて。大変だったろうな。それでも、今も元気で生きてる。どんな病気も治るから大丈夫と言っていた。実証してくれてるんだな。有難い。
父の話もした。昔は嫌いだった父が、今は愛おしくて仕方ない。冬になると足を痒い痒いと搔いてた。乾燥かな。汚いなって子供たちは言ってたけど、自分も同じところ、ふくらはぎが乾燥してきて痒い。似てきたな。
父は可哀想なニュースをあまり好まなかった。感動するような、子供が頑張ってるテレビも、悔しがって泣いてるテレビも、あまり見なかった。思えば、泣くのが嫌だったんだろうな。初めて飼った猫が死んだ後、また猫を飼いたい子供たちに、あんな悲しい思いをするのはもう嫌だと言った。父は本当はとても気の優しい人だったと母が言っていた。僕ら子供は、母が優しいのだと思ってきた。でもたぶん、2人とも優しかったんだと思う。父は母より特別気が優しくて、気が弱かったんだと思う。子供たちみんな気の優しいところは、お父さんに似てると言っていた。そんな僕も、悲しいニュースを見られなくなった。すぐに泣いてしまうから。似てきたことがとても嬉しい。
これからは、あまり何も考えずに生きたいと思った。人のことも、自分のことも。体の不調もいつか消える。だから、少しずつ薬は飲まないようにして、病院にもなるべく行かないようにする。本当に行かないといけない時は、盲腸の時みたいにおかしいとわかるはず。もうあまり、病気のことは考えたくない。そんな人生、面白くないし。
ずっと体調悪いことばかり気にして、早く元気になりたくて、努力してきた。でももう、いいや。自然に。なるべく自然に生きたい。あるがままを受け入れて。体調悪い自分も自分だ。
精神疾患を経験して、辛い時期を長く過ごした。10年。いいことがなかったように思えた。周りはみんな結婚して、子供できて、幸せそうだったから。でも自分の幸せは、他人と比べても仕方ないし。辛い時期があったから、自分なら今の不調くらい乗り越えられると思いたい。病気も、離脱症状も。乗り越えてきたから。なんてことない。辛い思いをしたから、他人に優しくなれたと思う。優しく出来ると思う。人生において、これは大切なことだと思う。
家族はもちろんだけど、今の自分には大切にしてくれる人が沢山いる。毎日毎日見てくれた整骨院の先生。いつも明るくて、本当に元気になれる。職場の人も、嫌な人ばっかりな中で、社長は何年休んでもいいと言ってくれた。好きな人も、信頼できる人も増えた。有難い。仕事の心配がないのは本当に安心だ。いつでも電話してください、夜中でも、と言ってくれた人たちもいる。家族もいる業者さんや、昔好きだったアパレル会社の経営者だ。僕をスカウトしてくれた社長さんも、飲み会何度もドタキャンしてもまた行こうと言ってくれる。こんな有難いことはない。甘えて生きてる。今までならダメだと思ってたけど、これからも甘えたいと思う。必ずどこかで。返せる日がくるから。
今だって体はおかしいけど、そのままでいく。体調おかしい自分を、精一杯いたわって、精一杯愛してあげようと思う。沢山学んだことがあって、沢山叶えたいことがあるから。自分を愛したい。
沢山の辛いことを許して、愛して、残りの人生を笑顔で過ごしたい。ありがとう。
コン