離脱症状、絶対に脱出ブログ

精神疾患で薬を服用。快復に向かうも今度は離脱症状に苦しむ。絶対に脱出して元気になる、なりたい人の希望になりたいブログです。

丁寧に生きる。

コンです。

 

読んでくれている方がいるだけで、とても幸せな気分です。ありがとう。

 

何は無くとも、ここに居ることを実感できる毎日。雨の日も風の日も。どんな気分でも続いていく毎日。

 

世の中の正しいことは、必ずしも個として有益なものばかりではないな。

 

昨日は春の嵐。本気の嵐でした。色んなもんがぶっ飛んでて、自分ももっとぶっ飛んでやろうと計画できた日。

 

最近思うことは、もう誰かと深く関わることはないままこの人生を終えていくのだな、ということだ。決して暗い気分でそう言っているわけじゃない。何の感情もなくそう思うのだ。

 

家族がいるとイベントがある。母は、色んな辛いことがあっただろうけど、充実した人生を送っているように見える。

 

これから何十年も。もう家族のような存在がない中で生きていくのか、と思うと少し寂しい気もするな。でも大丈夫。

 

明日には仕事があって、またいつも通りの毎日だ。きっと死ぬまでそうやって同じ毎日だ。悲しいことは想像できるのに、楽しいことが想像できない自分でも、きちんと生命を営んでいられるのだ。

 

でもこんなままじゃつまらないから。

 

明日からは、また仕事も勉強も運動も頑張ろう。料理もしよう。毎日を丁寧に生きることをきちんと始めよう。丁寧に、きれいに生きていこう。大切に大切にしよう。

 

生きている。

 

コン

 

 

死んでない。

コンです。

 

自分の行く先を決めるのは間違いなく自分で、今までそうして選んできたからここにいる。こと仕事においては決して誰かに選ばされたものではなかった。これからもそうして選んでいくのだと思う。

 

ここにいても、近くで仕事をしても、選んでもらえる力はつかない。環境だけが成長を決定する要素ではないけれど、努力して変えられることは変えた方が良いと思う。ずっとぐるぐる考えてるけど、まだ動けていない。別に後ろ髪引かれるようなことはないはずなのに。

 

仕事として、きちんと存在しているのかわからない。生きてない。死んでないだけ。いや、人としては完全に楽しく生きてるんだけど。

 

そういえば、背中が痛くなってからもう3ヶ月経つ。長い。あちこち悪くなるのは歳のせいだろうか。だろうね。これもまぁ、生きている証だ。

 

生きてて楽しいー!!!って、なるくらい楽しい毎日を近く手に入れる。予定。

 

コン

懺悔。

コンです。

 

頭が痛いことに、どんなに酷い扱いを受けても、忘れてしまっているのだ。いや、忘れてはいない。しかし、冷めていくのだ。これなら、怒りはないまま色んなものを手放せるかもしれない。

 

そういう自分は好きだ。いつまでも嫌な感情を引きずらない。みんな一生懸命生きているのだから。

 

ここのところ天気が良い。桜もまだ残ってる。心はダメな時もあるけれど、何となく大丈夫だ。今日も進んでいけている。

 

最近思うことは、自分は自分のことを理解されたくて、色んな人に個人的な話をしてきたけれど、それは理解とは程遠い感情を抱かせる結果を招いていたのではないか、ということだ。

 

自分が自分を曝け出して、ありのままで居られる人は、自分にありのままで居てほしいとは思っていないのだ。ただの友達で居たかったはずだ。それを考えると、自分が理解されたくて話をしてしまったことに罪悪感が芽生えて、今の関係を崩さないことに必死にならないといけないように感じる。気付かれないようにゆっくりと離れていきたいと思うのだ。

 

静かな絶望。生まれて、生きてきた中で、ずっと感じているあの感覚だ。あまりにも平和が長すぎて、理解しようとしてくれる人に恵まれすぎて。自分は大切なことを見失った。理解してもらいたいと考える前に、理解しようとすべきだったのだ。

 

頭が痛いことは、以前にもそれを感じていたということだ。忘れてしまう。すぐに忘れてしまう。誰かから許されなくなる前に、変わらなければいけない。

 

そうしたら、せめて表面的にだけでも普通の人間のように暮らせる。

 

悔い改める。

 

コン

また、春。

コンです。

 

暖かい。春。もうすぐ4月だ。色んな春があったことを思い出してしまうのはいつもの悪い癖だ。

 

去年桜を見た頃より、少しでも進んでいるだろうか。成長のスピードは落ちていないだろうか。人生においてやり残していることは少しでもできただろうか。

 

全て否のように思えて嫌になるな。進歩というか進化したのは体調だけのように思えてならない。其の、体調こそがとんでもない進歩ではあるんだけど。

 

仕事はそれなりに忙しいし、プライベートもそれなり。周りはどんどん家庭を持って、なかなか誘えなくなったけれど、代わりに本や映画が時間を埋めてくれている。情緒面で充足できる時間の使い方ができるようになってきたのは、この先1人で暮らしていくに当たって大きなことのように思う。

 

好きな人は好きな人のままだ。そこは変わらないといけなかったけど、この1年も何も変化がなかった。1年どころか6年だな。そこは成長どころか退化しているかもしれない。どんどん気持ちは大きくなっているかもしれない。まずい。まぁいっか。

 

うまくいかないことは相変わらず沢山あって、でもうまくいくことも増えてきた。こうやって、その日暮らしのような毎日を続けても良いと思う。少しでもきちんと前に進んでいれば、だけど。結局、夢見た生活を手に入れられたとしても、満足も不満もあるし、うまくいかないことだってあるはずだ。だからこそ、毎日を大切に生きるってことは、割と良いことなんだ。

 

必ず、前に進むことを考えて生きる。

 

コン

 

 

 

平気。

コンです。

 

眠れないことがこんなにも平気になってしまった。中途覚醒早朝覚醒は当たり前の毎日。おはようございます。

 

何にでも人は慣れるもので、タバコをやめてもう3ヶ月だ。全く吸いたいと思わない。吸わないのが平気。

 

良いことも悪いことも平気になるのだ。

 

だからこれから何が起きても平気なんだと思う。その一瞬は大変でも、平気になっていくから。

 

ダーウィンは進化論で、生き残るのは力の強いものでも特別頭の良いものでもない、変化に適応できるものだと言い、ある政治家はそれを引用した所信表明を行なったとかいないとか。そんな話を聞いた。内容はあやふや、出典もよく知らないけど。真に強いのはそういった生き物かもしれない。

 

慣れていける、平気になる。そんな自分をもっと色んなところで出していけないだろうか。そしたらもっと強くなって、楽しく生きていける。

 

そんな風に生きる。何でもかんでも平気だ。

 

コン

忘れない。

コンです。

 

暖かい気持ちだ。色んなことを乗り越えられている。色んな気持ちになって、ずっと忘れない。

 

子供。って、とても可愛い。できるなら、自分の子供が欲しかったな。でもそれは無理だから。来世に期待だな。それも忘れない。

 

悲しいことは一つとしてない。半年前は辛かったことも、もう辛くない。好きな人の好きな人は、自分も好きだ。それもずっと忘れない。

 

忘れないことばかりだから、嫌なことや辛いことだけ忘れよう。そしたら忘れない素敵なことばかりになる。

 

愛している。ずっと忘れない。

 

コン

 

 

親不孝。

コンです。

 

人生最大の幸運は、自分の両親から自分が生まれたことだ。小さい頃から父も母も大好きで、父が帰ってくる時間に近くの駅までフラフラ迎えに行ったのだ。徒歩1分。それでも1分でも早く会いたくて、夕焼けの中、次の電車かな、次の電車かなって。何本か見送って、会えなくて帰る時は、とても寂しかった。だから今も夕暮れ時が寂しいのだろうか。

 

母のパート先にもよく行った。今の時代なら迷惑だろうけど、同僚の人もみんな親切で、お菓子をくれた。母はいつも元気で、会いに行くと嬉しそうだったから自分も嬉しくて。大好きだったのを覚えている。いつもお母さんっ子で、末っ子の甘えただと言われてきた。まだ本当に小さい頃、寝る前にトントンと叩いてくれたことを未だに覚えている。ベストテンで中森明菜が歌ってて、テレサテンや美空ひばりがいて。父はそのテレビを見ていて。暗い部屋で眠るまで父と母と一緒にいた。

 

母が忙しい時は、ばあちゃんと幼稚園に行った。夏休みはばあちゃんとそうめんを毎日食べた。それからずっと嫌いだったそうめんは、今はとても懐かしい味で大好きになった。ばあちゃんが好きだった。

 

休みの日には家族でよくゲームセンターに行った。不便な電車を乗り換えて。本数がないから、向かいのホームに電車が見えると全員で走って乗った。父は本当はパチンコに行きたかったんだと思う。家族サービスだったんだな。おいしいものが好きだったから、今考えるととんでもなく高級な店でも食べさせてもらってた。家でもよく焼肉をした。決して高給取りではないけれど公務員だったし、共働きだったから何不自由なかった。土曜日はシティーハンターを見て、聖闘士星矢を見て、土曜ワイド劇場で殺人事件を見てる間に寝てしまって。だっこされて2階の部屋まで運ばれてた。運ばれたくて寝たフリしたこともあった。日曜はビックリマンを見て、みんなでモーニングを食べに行った。帰りはみんなトイレに行きたくて、家までみんなで走った。おばあちゃんもいて、兄も姉もいて。幸せだった。体が弱かったけど、みんな優しくて大好きで。

 

父には反抗期に反抗して、父も父で仕事でストレスがあって酒びたりになった時期があって。その時はとても嫌いだった。そんな時も母は何でも許してくれた。

 

父の晩年は穏やかで、とても優しかった。母もずっと優しい。ばあちゃんと父が亡くなって、愛猫が亡くなって、母はずっとずっと寂しくなったと思う。それでも毎日楽しそうにしている。体が悪い時も多いけど、毎日を懸命に生きている。

 

来週、家を出る。

 

老いた片親を置いて行くのは親不孝だろうか。父と祖母の介護をしていた頃より、母は自分に使える時間が増えた。でも今まで家族の為にしか時間を使ってこなかったから、何をしていいかわからないのだと思う。20年以上生きた愛猫は亡くなったけど、代わりに2匹の兄妹猫がうちにきた。まだ1歳だ。姉は毎週のように姪と旦那と家に来ている。近くに母のいとこと友達がいる。ばあちゃんと父と猫を亡くした分、新しい家族も友達も増えた。

 

だけど母にとって、自分が1番頼りになるし、逆に心配な存在だとわかっている。

 

鬱で自殺未遂をして、心配ばかりかけた。薬の副作用で、離脱症状で苦しんだ時も、毎日毎日大丈夫、大丈夫と言ってくれた。だからここにまだ自分は生きている。それなのに、年老いた母が心配なのに。置いて行く。母は何も言わない。でもわかるんだ。本当は寂しいんだ。

 

それでも、一緒にいない方が良いこともある。自分は弱くて、ストレスが溜まるときちんと母をかまってあげられない。つまらない話を聞いてあげられない。毎日理由もなくイライラしているから、あたってしまわないか心配で、毎日後悔しそうで。

 

家を買ったのは資産形成の為でもある。いつか本当に年老いた時に、お金がなければ何もしてあげられない。兄も姉も頼れないから、結婚できない自分が稼ぐんだ。お金がなくて、みんなに迷惑かけたくなくて、がん治療を諦める決断をした父を、死後に知って。母にだけはそれはさせないと思っている。父にも祖母にも猫にも恩返しができなかったから。

 

家族が大好きだ。最初で最後の家族が、自分の家族で本当に良かった。ありがとう。親不孝でごめんなさい。でもほら、近いから。すぐ帰るよ。月に1度はごはん食べに来るよ。さっきかえてあげた加湿器はタンクが大きいから1週間くらいは持つよ。蓋が固いから、なくなる頃にはまた帰るよ。誕生日にあげたスニーカー履いて、あったかくなるから遊びにおいで。だからどうか、いつまでも元気で。

 

コン