問うている。
コンです。
本当に大切にしないといけないのは、自分の価値を認めてくれる人だ。そこを見失ってはいけない。自分が大切にすべき人は、親兄姉や親しい友人や慕ってくれる後輩たちだ。それを見誤ってはいけない。
ともすれば、自分の損得感情や憧れのようなものに目を向けてしまうことがある。それは決してダメなことではないけれど、本質を見抜かなくてはならない。
特に、企業に属する場合はそうだ。自分の価値を値踏みするような企業で、自分らしい仕事ができるかといえば間違いなく無理だ。当然、それは自分が一切に手を抜かず、妥協せず、企業に必要な仕事をし、貢献をしていることが前提だ。しかもそれは自己満足ではいけない。経営の方向性に沿えているかという、確認作業も怠ってはならない。
その上で理不尽なことがあった場合、それは並行線、価値観の相違であって、最早埋まるものではないかもしれないことも充分に覚悟しておかなければならない。
その上で、問うているのだ。私は今、どのような価値があるか、と。
その与えられた価値に納得できないのであれば、客観的に自分の価値を見る努力をすべきだ。それで納得いけばそれで良し。いかなければ納得いく場所を求めれば良いのだ。
考えることはそれほどない。
病気になった時、医者に言われるがまま薬を飲み続けた。それが良くなる方法だと、只管信じて。でもそれは自分で選んだ道ではなかった。離脱症状を経験して、自分で選んだ道ではない場所で問題があった場合、自分は後悔してしまう性質だと悟った。だから断薬は自分で選んだ。相当な時間がかかっているけど、後悔はしていない。
詰まる所、自分の人生とはそうなのだ。自分で選んだ道でしか、自分が生きている意味を感じられない面倒な性格なんだから、自分で選べばいいのだ。
こと、仕事においては、選べる道などいくらでもある。生きていく上で、働かない以外の道で、それが成り立たないことなどないのだ。
幸せだって、楽しみだって。自分は自分で選べる。人に自分の人生の価値は決めさせない。
当たり前のように続いていく毎日の中で、溢れかえる人の群れの中で、自分は何も特別じゃない中で、自分は何が特別だろうか。
自分とは、今何だろうか。それを問うている。
コン